2019年9月17日
生きる
人間は誰でも死にます。人類の歴史の中で死ななかった人間はいません。どんな英雄でも必ず死にます。そう、生(命)は有限なものです。しかし、多くの人はその有限であることを忘れて生きてしまっています。なぜなら、死と向き合うのは非常に怖いことだからでしょう。 しかし、ただ生きているだけの状態ではなく、死と向き合うことで生が輝くものになるということも…
続きを読む
こんな経済状況の中で、まさに今は節約時代と言えるでしょう。節約は美徳です。しかし・・・度を過ぎればそれは「ケチ」と言われます。謙譲も美徳です。ところがこれも度を過ぎれば「媚び」となり相手を不愉快にさせます。このようにおおよその善行は度が過ぎてしまえば逆に良くない結果につながります。では、なぜ度が過ぎて(行き過ぎて)しまうのでしょうか?
そもそも節約とはなにかと考えてみると・・・持てる資源を無駄にせず、もっとも有効に活用することで自分と周囲の幸福を追及するということでしょう。幸せになるための手段である節約ですが、それ自体が目的になってしまった瞬間から、必要となる出費もしなくなり、人のためにはお金など使いたくもないというがめつさ(ケチ)につながってしまう気がします。
謙譲も全く同じで、相手への尊敬の気持ちを言葉や行動に表したものですが、その形ばかりが重要視されてしまえば、全く心の伴わない虚礼となります。相手を心から思いやらない形だけの謙譲は、無礼そのものです。
手段が目的にすり替わってしまうことは、本当によくあります。そのことをよく理解して、たまには目的と手段について振り返り考えてみることの大事さを思います。